大判例

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東京高等裁判所 平成4年(ネ)2390号 判決

控訴人

高石正博

林熊吉

中村仁

角田清明

林利明

相原照二

江口治男

中村俊六郎

塩崎昭廣

多田正雄

伊藤隆

右訴訟代理人弁護士

葉山岳夫

菅野泰

清井礼司

内藤隆

阿部裕行

鈴木達夫

藤田正人

一瀬敬一郎

大口昭彦

森健市

遠藤憲一

被控訴人

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

松田昌士

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

富田美栄子

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  (主位的請求)

控訴人らが被控訴人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  (予備的請求)

被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する平成元年一月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

5  3項につき仮執行宣言

二  被控訴人

主文第一項同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり、当審における控訴人ら及び被控訴人の各主張を付加するほかは、原判決事実摘示「第二 当事者の主張」欄の記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人らの主張

1  国鉄と被控訴人との実質的同一性に関する主張の補充

(一) 国鉄の分割・民営化により設立された被控訴人ら各新会社は、企業としての国鉄の旅客鉄道事業の分割(国鉄の分割)、公社から株式会社への経営形態(組織)の転換(国鉄の民営化)として国により設立された株式会社であるが(改革法六条)、改革法が新会社設立という形式を取った理由は、(1)公社法には各種公団法と同じく商法上の組織変更規定のような組織変更規定がないため、公社たる国鉄をそのまま株式会社という民事的組織に変更することはできず、必然的に会社設立という形式的手法が必要なこと、(2)日本の会社法制には企業分割に応じた会社(法人格)の分割の規定がないため、必然的に分割された企業に対応する会社(法人格)の設立という形式的な手法が必要なことに求められる。したがって、新会社設立の目的は分割・民営化のための極めて法人格形式にかかわる法技術的な性格のものであり、他方労働関係は特定の経営者に対するというよりも企業そのものに結合したものというべきであって、その企業(国鉄の経営していた鉄道事業)がどのように同一性を実態として存在させているかこそが問題であるところ、国鉄は、その事業の全てを被控訴人ら新会社に承継させ、その企業としての実体を完全に失ったばかりでなく、設立(設置)法たる日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。)の廃止により公社としての法人格を消滅させられ、そして公社としての国鉄と事業団とは特殊法人としての性格を異にしていることを考えれば、事業団法附則二条を受けて、「国鉄の法人格は事業団へ移行したのだから、その法人格は新会社との間に同一性を持ちえない(新会社へ行くべき法的実体がない)。」ということはできない理である。

(二) 国鉄改革関連諸法には、国鉄と承継法人との実質的同一性に基づく労働契約関係の当然承継を否定する規定は存在しない。

(1) 改革法における「引き継ぎ」、「承継」、「移行」の意味について

改革法は、物的関係か人的関係かという基準で、「引き継ぎ」、「承継」、「移行」の用語を使い分けているわけではなく、①包括的な事業・業務(労働契約関係を含めて)については、「引き継ぎ」(同法六条二項、八条二項、九ないし一一条)、「引き継がれる」(二一条)、「引き継ぐ」(二四条一項三号)の用語を、②権利、義務、資産、債務については、別法人からのものを含めて「承継」の用語をそれぞれ用い(一三条、一四条、二〇条、二二条、二四条、二六条等、なお、国鉄から承継法人に対する債権・債務関係の移転について、民法上の債権譲渡、債務引受けの対抗要件たる通知又は承諾がなされた形跡はない。)、③「移行」という用語は、公社としての国鉄と特殊法人たる清算事業団との関係において用いられているところ、国鉄はその事業の全てを被控訴人ら新会社に引き継ぎ、その企業としての実体を失った後事業団に「移行」するのであるから、改革法一五条、一八条等の「移行」なる用語は、国鉄法廃止によって消滅させられる「脱け殼」としての公社たる国鉄の清算業務に関わる権能を事業団に移行させることを指しているのであり、「移行」の実態は、組織についてではなく、解散規定のない国鉄法の廃止により当然消滅する国鉄の清算業務に関わる権能の移転であり、したがって、国鉄職員との労働契約関係を包含させることはできない。また、国鉄は「法律により直接設立される法人」(国鉄法一条)であるのに対し、事業団は「特別の法律により特別の設立行為をもって設立される法人」(事業団法附則二条)であり、また国鉄が営造物法人であるのに対し、事業団には公共営造物の要素は全くない上、事業団法二六条中の「日本国有鉄道の改革の実施に伴い、事業団に帰属した権利及び義務」なる表現は、国鉄と事業団とが法人格を別にすることを前提にしているものというべきであるから(法人格が同一であれば承継とか帰属は問題にならない。)、国鉄から事業団への「移行」は国鉄が法人格の同一性を有したまま事業団に組織及び名称を変更することをいうものではなく、国鉄と事業団とは法人格としては別個に存在する。そうしてみると、改革法の「引き継ぎ」、「承継」、「移行」の用語の解釈上、控訴人らと国鉄との労働契約関係が承継法人に当然に承継されることを否定すべき理由は見当たらない。改革法二三条は、国鉄と国鉄職員との間の労働契約関係が新会社に引き継がれることを前提に余剰人員の整理の必要性に相応した引き継ぎ及び承継除外のための手続を規定したにすぎない。

(2) 事業団法一七条、同法附則三条、事業団就業規則について

事業団法一七条は、事業団の職員は理事長が任命すると明文で規定しており、また事業団による企業意思の発現というべき事業団就業規則(なお、国鉄が何らの承継手続を要せずに事業団に移行し、かつ新会社に採用されなかった国鉄職員が当然に事業団の職員になるものであれば、当該職員にとって使用者の変動はなかったものであるから、国鉄の就業規則を事業団の性格・目的に照らして変更すれば足りるものであるにもかかわらず、実際には事業団は自ら就業規則を制定し行政官庁に届け出ている。)においても、同規則における職員とは、事業団法一七条に基づき事業団の理事長に任命されたものをいうと規定している。なお、事業団が業務の拡張や職員の自然退職に相応した職員の新規採用をすることは全く想定できないから、事業団法及び事業団就業規則が対象とする職員は原始職員以外には考えられず、また、事業団の就業規則上、特別対策職員に対しても理事長の任命行為が必要とされていたものである。してみると、事業団の職員になるには、事業団の理事長による任命行為が要求されていたものであって、新会社の採用通知を受けなかった国鉄職員が当然に事業団の職員に移行ないし承継されるものであるとの解釈が不合理なものであることは、文理上明かである(一方で新会社への採用手続は改革法二三条により明文で法定されているといいながら、他方で事業団法一九条の明文の規定の解釈に当たり当該規定が形式的な規定にすぎないとして、同条所定の任命行為がないにもかかわらず、雇用関係の事業団への当然承継を認めることは、矛盾した態度といわなければならない。)。また、実質的にみても、国鉄と事業団とは、別個の法人格である上(ちなみに、役員についてみると、国鉄役員の任期は昭和六二年三月三一日に満了し、事業団の役員は同年四月一日以降に運輸大臣により任命される旨が定められているから、機関についても完全に切断されており、かつ、時間的に機関の空白が生じることになる。)、その業務内容も全く異にし、企業としての実質的同一性が皆無であって、国鉄から事業団への人的関係の移行が行われるとすれば、労働契約の内容である従事すべき業務が変わらざるをえないから、労働者側の同意なしに行われることは不可能であるところ、設立委員の募集に応じ新会社の職員になる意思を表示した国鉄職員は、事業団の職員となることを希望せず、むしろこれを拒否しており、右労働条件の変更につき集団的にも個別的にも労働者側の同意は一切なかったから、かかる国鉄職員らについて、事業団への当然承継を考えることはできないものである。してみると、事業団法一七条の理事長の任命を受けなかった控訴人らについて、事業団に残留させられたと解すべき根拠はないものである。なお、事業団理事長があえて事業団法一七条に定められた任命行為をしようとしなかった理由は、改革法二三条の名簿に登載された職員に対し、国鉄が昭和六二年三月三一日付で退職届を提出させたこと(改革法附則二項の規定の施行の際現に国鉄職員であることを承継法人への採用の要件であることを定めた改革法二三条三項を無視するものである。)と表裏をなし、国鉄職員の新会社への採用が当然承継ではないかのように、かつ他方事業団との関係ではあたかも雇用関係の当然承継があったかのように演出したものである。

(3) 控訴人ら特別対策職員は、就業拘束はあったものの、労務の提供を目的とするものではなく、この間の関係を通常の意味の雇用契約と評価することは不可能である。控訴人らは、事業団が作成した「職員管理規定」三条にいう職員数の中にはそもそも含まれていない。かかる契約内容の一方的変更を伴う雇用関係の当然承継ということは認められず、特別対策職員の特異な地位について、事業団への当然承継があったとすれば、国鉄における労働条件の大幅な変更をも意味するのであるから、少なくともこれについては雇用関係をも承継させる使用者としての国鉄に団体交渉応諾義務があったにもかかわらず、国鉄はこれについて一切応じていなかった。このことは、国鉄が事業団特別対策職員に対する使用者であることを否定しているものであり、かつ、控訴人らと国鉄との雇用関係について事業団法附則二条に基づく事業団への当然承継を国鉄自身が否定したものにほかならない。

2  基本計画による定員採用義務に関する主張の補充

(一) 国鉄改革における雇用保障の必要性と基本計画

改革法の目的の一つが過剰な要員体制を改めることにあるとされるものの、同時に、国鉄改革において、旅客会社は「余剰人員」(鉄道事業そのものに即して算出された数字によれば、余分な人員というものであって、多角経営にとってはかなりの部分が必要人員であったというべきである。)を上乗せして引き継ぐこととされている。国鉄再建監理委員会の最終答申(以下、場合により単に「最終答申」という。)は、(1)職員やその家族を路頭に迷わせることがあってはならないこと、(2)社会的に深刻な問題を引き起こしてはならないこと、そして、(3)旅客鉄道会社の経営の過重な負担とならない限度において余剰人員の一部を移籍させることとしており、基本計画における各承継法人の定員は右の最終答申の趣旨に沿って定められたものと理解できる。ごく限定された例外(破廉恥犯での処罰等)を除けば基本計画の定員数まで承継法人への採用がなされるべきことは、運輸大臣の国会答弁及び発足時欠員があった北海道会社、九州会社がその後欠員を補充し基本計画の定員数を充足している事実からも明らかである。職員やその家族を路頭に迷わせることがあってはならないこと、社会的に深刻な問題を引き起こしてはならないことは、国鉄改革の前提条件であった。この点は、一般の整理解雇においても企業の社会的責任として当然の要求であり、まして、国鉄という公共企業体の国による人員整理にあっては格段にその責任は重くなるはずである。そして、基本計画の定数まで雇用しても旅客会社は営業収入の一パーセント程度の純利益を見込むことができ、国鉄再建が可能であると考えられていたのである。余剰人員の一部を吸収することを含めて、JR発足時の定員数が決定されたことは、総要員数=定員枠が国鉄職員の雇用補償の目的をもって決定されたことを意味し、国鉄の分割民営化に当たり、ある程度の人員削減が必要とされていることを前提としても、勤労の権利尊重とのバランス上最小限その人数までの身分保障は、新会社の過重な負担となるものではないと公的に判断されたものである。こうした身分保障は、不十分ながら、改革法が、新会社職員の採用について、少なくとも事実上は使用者との団体交渉や労働協約による解決を不可能にし、公共企業体等労働委員会による紛争調整を無意味にしていることと国鉄職員の生存権擁護との間に均衡が保たれ、配慮に欠けるところがないと評価されるための必要不可欠の要件である。

(二) 基本計画の法的拘束力

(1) 右のとおり、基本計画における定数は、経営の過重な負担にならない限度の余剰人員を含み、企業が十分存続できる人数として、政府が最小限の雇用保障を宣言したものであるから、国鉄改革関係機関にとって自己拘束力を有するものと考えなければならない。

(2) 基本計画は、国鉄の事業等の承継法人への適正かつ円滑な引き継ぎを図るという政策上の目的に基づき、閣議の決定を経て運輸大臣が定めるものであるのに対し、実施計画はあくまでその基本計画の実施のため、国鉄が作成し、運輸大臣の認可を要する基本計画実施上の細則・細目であり、基本計画と実施計画とは、上位規定と下位規定の関係にある。ところで、改革法一九条四項は、実施計画に掲記すべき事項から「国鉄職員のうち承継法人の職員となるものの総数及び承継法人ごとの数」を除外しているが、その規定の趣旨は、当該事項は政策的目的に基づき上位規定である基本計画において定めるべき旨を規定したものであり(同条二項三号)、基本計画で定められた人数が実施計画(承継計画)への段階を踏まないのは、内容的にそれ自体で職員数の具体的策定が結了していることと、手続的にはその策定をする主体(運輸大臣)と実施計画を認可する主体が同一だからである。したがって、実施計画において定められる事項と比較して、その法的拘束力に差があるわけではなく、かえって、基本計画における定数は、改革法一九条六項に基づく変更が許されない点において絶対的拘束力を有するものである。したがって、改革法一九条四項は、基本計画の法的拘束力を否定する根拠とはなりえないことが明らかである。

(3) 基本計画において、各新会社が国鉄から承継する事業・資産・債務と職員の定員数が一体のものとしてバランスを取って定められていた。すなわち、基本計画における定数は、国から新会社に承継させる資産等とのバランスを考慮し、運輸大臣が閣議の決定を経て直接定めたものである。そうすると、新会社が定員割れで発足するというのは、取れるもの(事業・資産)だけ取ってこれに見合う負担(国鉄職員の引き継ぎ)からは逃れようとするものであり、許されない。また、最終的に国民の負担に帰すべき事業団の債務負担に関わる事項について、設立委員(運輸大臣から任命される)及び国鉄が、運輸大臣の定めた基本計画に拘束されないところの裁量権が付与されるべき理由はないものである。

(三) 基本計画における定数と改革法二三条

右(一)、(二)の基本計画の趣旨を踏まえれば、基本計画における定数は、改革法二三条の手続において国鉄や設立委員に対し高度の覊束性を有すると考えるのが当然であり、これに反し、基本計画の定数をもってあくまで計画にすぎず、新会社の設立委員に対する法的拘束力がないとの見解は、国鉄改革の雇用保障の側面を理解せず、効率的な経営体制の確立目的のみを強調するものであって、一面的との誹りを免れないし、改革法一九条を正解しないものである。してみれば、国鉄は、第一希望の応募者が定員枠を数千人も下回っていた状況のもとでは、よほど特殊な事情(破廉恥犯での処罰等)がない限り、応募者本人の意思に反し新会社の採用候補者名簿に登載しないことはできないものというべきであり、現に、昭和六二年二月二日当時の国鉄総裁(同時に設立委員)は、第一希望が採用枠を下回っていると見られる本州・四国の四旅客会社と貨物会社について、全員採用の見通しを示唆していたし、通常の新規採用であれば採用することが考えられない長期休業中の者についても採用することが当然のことと考えられていた。また、改革法二三条は、抽象的に新会社の職員の採用基準は設立委員が提示する旨を規定しているが、同条の趣旨は、設立委員に対し基本計画の定数に拘束されない裁量権を付与したものではなく、設立委員は、採用者数が基本計画の定数を下回る結果になるような採用基準を設定することは許されていないものと解すべきである。そして、被控訴人の設立委員から提示された原判決別紙1の採用基準をみると、むしろ国鉄職員なら誰でも満たしうる内容であって、応募者が職員定数を超えた場合において、誰がよりよく満たしているかの相対判断による選別基準になるにすぎないものと考えられる。

3  改革法二三条の国鉄による名簿作成行為の瑕疵とその法律効果

(一) 改革法二三条に定める採用手続

改革法二三条によると、被控訴人の職員採用に至る過程において、次の(1)ないし(5)の段階を経るべきことが法定されている。

(1) 設立委員による国鉄を通じての労働条件・採用基準の提示と職員募集

(2) 国鉄による国鉄職員の承継法人(新会社)の職員となるべき旨の意思の確認

(3) 国鉄による採用の基準に従った承継法人の職員たるべき者の選定、名簿作成・提出

(4) 設立委員による採用通知の交付

(5) 国鉄在職のままで昭和六二年四月一日の到来

(二) 改革法二三条の国鉄による選定、名簿作成行為の法的性質

被控訴人の職員採用手続上、右(一)の(3)の名簿に記載されない者を採用の対象とすることが許されないものであるとすれば、名簿への記載あるいは不記載は、国鉄職員に対し、設立委員によって採用されうる地位あるいは設立委員によって採用されえない地位を付与するものであり、採用手続における職員と被控訴人との雇用関係の成立ないし不成立という効果を欲して行う要式の行為であり、物的存在としての名簿の作成それ自体を最終的な目的として行うものではない。そして、被控訴人への採用希望者が定員を約五〇〇〇名割り込むことになった結果圧倒的多数の採用希望者が名簿に記載され、名簿に記載されないことは極めて例外的なこととなったから、国鉄の選定及び名簿作成行為の積極的な意味は、被控訴人の職員として採用することから除外することにあったというべきである。そうしてみると、国鉄の選定、名簿作成行為に不当労働行為という重大な瑕疵があったとすれば、その行為は無効であり、被控訴人の職員に採用されえない地位を例外的に付与することの法律効果を生じることはないことになる。

(三) 国鉄の選定及び名簿作成行為における不当労働行為

(1) 不当労働行為の存在

国鉄による控訴人らの名簿不登載は、労働処分を理由とし、基本計画における定員を下回った事態においてあえて強行された不当労働行為であり(国鉄の不当労働行為のより詳細な内容については、後記6のとおりである。)、国鉄再建監理委員会の最終答申後国鉄の分割民営化の過程において敢行された国鉄の一連の不当労働行為(分割民営化に反対する労働組合に対する支配介入、同組合所属の組合員に対する差別、選別等)の一つであって、千葉県地方労働委員会は、次のような事実認定・法的判断に基づき、控訴人らを名簿に記載しなかった国鉄の行為を不当労働行為と認め、救済命令を発した。

① 被控訴人の設立委員が提示した採用基準中に「国鉄在職中の勤務の状態からみて、当社の業務にふさわしい者であること。なお、勤務の状況については、職務に対する知識技能及び適正、日常の勤務に関する実績等を、国鉄における既存の資料に基づき、総合的にかつ公正に判断すること」との項目があったが、国鉄は、この点について、具体的には、職員が一定の重い処分を受けているということを判断基準としたものと推認される。

② 控訴人らは、いずれも最近において停職処分(いずれも労働処分である。)を受けているものと認められ、これが不採用の原因になったものと認められるが、これは、「各旅客鉄道株式会社等における職員の採用基準及び選定方法については、客観的かつ公正なものとするよう配慮するとともに、本人の希望を尊重し、所属労働組合等による差別が行われることのないよう特段の留意をすること」との参議院国鉄改革に関する特別委員会の附帯決議がなされているにもかかわらず、「業務にふさわしい者」との判断に際し、職員の技術の優劣実績等よりも、勤務上の規律の観点だけが殊更に重視されている。さらに、これらの労働処分は組合活動を理由とするものと認められる以上、同一事項について二重の処分が行われたこととなり、国鉄当局の控訴人らに対する取扱が公正なものであったかについては疑問がある。

③ 控訴人の職員選定の資料とされた職員管理調書が、昭和五八年四月以降の労働処分から記載することとして、それ以前の同種行為を評定の対象外としており、国鉄改革に協力的か否かを評定の尺度としたのではないかとの疑いがある。

④ 労働処分を受けたことは、本来的に採用の基準となるべき個人の資質、職務上の能力及び勤務実績等に関する事項ではないから、仮に国鉄が個人の労働処分歴を被控訴人の職員の選定に際し、重要な要素としたのであれば、妥当性を欠くものというべきである。

⑤ 被控訴人が、採用手続に藉口して控訴人らを被控訴人への採用から排除したものであって、控訴人らは経済的及び精神的不利益を受け、また、これによって千葉動労が受けた組織的動揺も少なくないものであるから、労働組合法七条一号及び三号に該当する不当労働行為である。

(2) 本件の事実関係における不当労働行為の効果

控訴人らを採用候補者名簿に登載しなかった国鉄の行為が不当労働行為に該当し無効であることの法的効果は、前述したとおり、採用候補者名簿に登載されることが原則であり、名簿登載から除外されることが例外的である本件の事情にかんがみれば、他の大多数の国鉄職員と同様に名簿に記載されたのと同一の法律効果、すなわち、改革法二三条の採用手続において設立委員により被控訴人の職員として採用されうる地位を付与されたものと解さなければならない(これは原則と例外という法概念からの当然の解釈である)。そうしたところ、第三回設立委員会における現実の職員採用行為は、ダンボール箱四、五個に梱包されたものが設立委員会会場に提出され、国鉄副総裁から名簿作成の経過が簡単に説明され、設立委員らは、持ち込まれた名簿や選定基礎資料を何ら確認することなく、名簿登載者全員を属人的に検討することもなく、一括してそれぞれの承継法人に採用するとの結論に達したものであり、要するに、名簿に物理的に記載されたことに則して採用決定したものではなく、設立委員の提示した採用基準に則して採用されうる地位にある者全員につき包括的に採用決定したものであるから、被控訴人の職員として採用されうる地位を付与された控訴人らは、第三回設立委員会において、他の大多数の国鉄職員と同様に採用決定されたものと解することができる。

(3) 採用通知を欠くことについて

控訴人らは被控訴人の職員としての採用通知を受け取っていないから、外形上前記(一)の(4)の手続が履践されていないかのようであるが、採用通知は、形式的な通知に特段の意味があるわけではなく、採用された結果としての観念の通知としての意味を持ちうるにすぎないから(右の理は、採用されなかった者に対し誤って採用通知書が送られたとしても、これによってその者が採用されたことになるものではないことを考えれば明らかである。)、被控訴人において、控訴人らが採用通知を受領していないことをもって控訴人らの不利に援用することはできないものといわなければならない。そもそも、被控訴人が他の国鉄職員に対して行った採用行為についても、次のような手続上の瑕疵がある。すなわち、承継法人の職員として採用されるためには前記(一)の(5)の要件(具体的には昭和六二年四月一日現在で国鉄職員であること―改革法二三条三項、附則二項)を充足する必要があったところ、国鉄当局の急遽の指導により、当該職員らは昭和六二年三月三一日付をもって退職届を国鉄に提出したため、右の要件を欠くことになった。してみれば、そのような者を採用した被控訴人の行為には、改革法二三条に定めた手続に反する違法があり、したがって、控訴人らに対してだけ厳格な採用手続の履践を要求する資格はないものであって、採用通知がないことを理由として控訴人らとの雇用関係を否定するようなことはできないものというべきである。

4  改革法二三条の法意に基づく控訴人らと被控訴人との雇用関係の成立

改革法二三条一項の設立委員の募集には、合理的に解釈された暗黙の意思として、国会質疑で言われたような社会的合理性のある場合(破廉恥犯での処罰等)だけを採用基準外として、応募者が職員定数に満たない場合にはその全員を採用するという意思表示が含まれていたと解すべきであり、国鉄職員の応募の意思表示はこれに対する承諾となる。よって、控訴人らにおいて設立委員の募集に応募したことにより、被控訴人との間に雇用関係が成立したものというべきである。

5  採用候補者選定に係る国鉄と設立委員との法的関係

(一) 改革法における設立委員及び国鉄の法的地位

(1) 設立委員について

設立委員については、新会社法附則二条二項において、設立委員は改革法二三条に定めるもののほか、当該会社がその設立の時において事業を円滑に開始するために必要な業務を行うことができる旨規定されており、また、改革法二三条には、設立委員は、国鉄を通じ国鉄職員に対し、労働条件と採用基準を提示して、新会社の職員の募集を行う旨が規定されている。

(2) 国鉄について

改革法二条二項には、国鉄は、国鉄の改革が国民生活及び国民経済にとって緊要の課題であることを深く認識し、その組織の全力を挙げてこの法律に定める方針に基づく施策が確実かつ円滑に実施されるような最大限の努力を尽くさなければならない旨が規定され、また、この法律の趣旨として、我が国の基幹的輸送機関として果たすべき機能を効果的に発揮させる経営体制の確立を掲げているから(同法一条)、国鉄は、設立委員が右法の趣旨にそって経営体制確立のため必要な業務を行うことに全面的に協力し、その組織の全力を挙げて施策の確実かつ円滑な実施のため最大限の努力を尽くす義務があり、改革法二三条の名簿作成・提出もその一環というべきである。

(3) 設立委員提示にかかる労働条件及び採用基準の覊束性について

そして、改革法二三条一項は、設立委員は、国鉄を通じそれぞれの承継法人(新会社)の職員の労働条件及び採用基準を提示して、職員の募集を行う旨規定し、同条二項は、国鉄は、右の採用基準に従い、その職員となるべき者を選定すると規定しているから、国鉄の採用候補者選定行為は、右の労働条件及び採用基準に覊束され、かつ、右選定権限は設立委員の権限に由来するものというべきである。したがって、国鉄の右選定行為につき国鉄の専権に属し、採用候補者名簿に記載されなかった者は不記載の理由の如何を問わず採用の対象となりえないとの見解は理由のないものである。

(4) 設立委員の国鉄に対する準委任関係(補足)

国鉄職員の新会社への採用手続が、改革法(及び同法施行規則)で法定されていることは明らかであるが、その内容の法的性格を私法上の概念を用いて説明し、理解することは何ら誤りではない。また、法律関係が特別法で法定されているからといって、その関係が私法上の関係でなくなるわけでもない。改革法二三条一項ないし三項は、全体として採用行為の手続を規定し、採用行為の主体は承継法人(設立中の会社)の機関としての設立委員であること及びその採用までのプロセスを定めている。採用手続の各局面において、設立委員が行うこと(労働条件及び採用基準の提示、職員の募集、採用通知)と、国鉄が行うこと(国鉄職員の意思の確認、採用候補者の選定、名簿作成)とを分けて規定しているが、設立委員の労働条件等の提示や職員募集は、国鉄を通じて行うことが定められているほか、国鉄の選定者名簿作成についても設立委員と全く別個独立に行うものではなく、相互に密接不可分の関係が法定されている。両者の関係について見るに、国鉄を通じて行うこととされているのは設立委員から国鉄に対する事務の委託であり、国鉄による意思確認や選定者名簿作成は、設立委員がその主体であるところの募集及び採用候補者選考に関する国鉄による各事務の遂行であり、国鉄から設立委員に対する名簿の提出は、受任者から委任者に対する報告である。一般的にいっても、採用行為を行う場合、募集、応募者の選考、採用決定という段階を踏み、応募者選考行為は、採用(労働契約の成立)という目的に向けられた行為としてはじめて意味があり、その性質上採用する側の内部行為というべきであるから、改革法においても、国鉄の行う採用候補者選定行為は、採用の主体である設立委員のため、実務の実態に即し国鉄がその事務を行うことが定められたものにすぎないと解することができる。したがって、国鉄が右の行為をなす権限は法形式上は改革法によるものであるが、行為の性質上採用の主体たる設立委員の権限に由来するものであり、設立委員の国鉄に対する準委任関係が法定されたものと解することができる。これに反する解釈は、立法時における運輸大臣等の国会答弁に基づく立法者意思にも反するものであって失当である。

(5) 設立委員の公正判断義務

① 公正判断義務の内容及び当該義務負担の事実的根拠

被控訴人の設立委員は、原判決別紙1記載の採用基準を国鉄職員に提示したこと等により、国鉄職員との関係で、次のような内容の公正判断義務を負担した。すなわち、

イ 右採用基準の3には、「国鉄在職中の勤務の状況からみて、当社の業務にふさわしいものであること。なお、勤務の状況については、職務に対する知識、技能及び特性、日常の勤務に関する実績等を、国鉄における既存の資料に基づき、総合的かつ公正に判断すること」が定められており、右採用基準が公正に適用されるべきことを、設立委員自身が控訴人ら国鉄職員に宣明したものであるから、右採用基準の適用が公正か不公正かは、設立委員自身が最終的に検証しなければならない。

ロ 国鉄は、昭和六三年二月一二日開催の第三回設立委員会において、「新会社の職員となるべき者の選定結果について」と題する書面を同委員会に提出し、その中で、「在職中の勤務状況からみて、明らかに新会社の業務にふさわしくないと判断される者については、名簿記載者数が基本計画に示された数を下回る場合においても名簿に記載しなかった。」と述べた。

ハ 国鉄が新会社の採用予定候補者名簿を作成した当時、被控訴人(会社)については約五〇〇〇名の定員割れという予想外の事態が生じることが明らかとなっていた。

ニ したがって、設立委員は、右(3)の定員割れという予想外の事態の下で、なお、不採用の措置をすべきかどうか、仮に不採用とする場合にその理由、根拠は何かを自ら提示した公正判断基準に照らし、これを検討する必要があった。そうでなければ、設立委員による本件採用基準の設定と、公正な判断の要請は意味がなくなるものである。

ホ ところで、改革法は公共企業体を民営化し、かつ、これを分割することを内容とする特別立法であるから、その解釈に当たっては立法者の意思、説明が最も重視されるべきであるところ、国会審議(運輸大臣の答弁や参議院附帯決議等)において、被控訴人への職員採用に当たり、労働組合間の差別があってはならないことが再三確認された。したがって、設立委員は、応募しながら被控訴人に採用されない職員が生じた場合には、右の国会審議を踏まえ、その不採用の理由及び当否について具体的に検討し、採用基準の適用が公正であったかどうかを判断すべき法的義務があった。

② 設立委員の履行能力

国鉄から設立委員に対し理由が付記された採用予定候補者名簿が提出されることとされていた上、当時の国鉄総裁は被控訴人の設立委員の一人であった(共通設立委員でもあった。)から、他の設立委員も、右の設立委員を通して、採用基準の設立、採用基準の適用・運用方法、国鉄における具体的適用、これによる採用予定候補者名簿の作成の理由と根拠を知ることができ、右名簿の検証、公正の観点からの疑義の提示が可能であったものであり、右公正判断義務の履行が可能であった。

(6) 設立委員の国鉄に対する指揮監督について

設立委員は、採用基準を提示する権限を有する以上、国鉄がその採用基準を具体的に適用して採用候補者名簿を作成するにつき、指揮監督権限があるものというべきである。また、仮に、具体的な採用候補者選定、名簿作成事務の具体的遂行過程において、実際上指揮監督をなしえないとしても、改革法施行規則一二条二項は、採用候補者名簿には、当該名簿に記載した職員の選定に際し判断の基礎とした資料を添付すべき旨が規定されているから(右の義務は単なる公法上の義務にとどまるものではない。)、設立委員は事後的に右の資料に基づいて国鉄の右選定行為が採用基準に従って公正になされたか否かを判断し、監督することは可能であった。

(二) 名簿作成行為に関する責任の帰属及び設立委員の職員採用権限

右(一)(3)ないし(6)の採用基準等の覊束性、設立委員の国鉄に対する準委任関係並びに設立委員の監督権限及び公正判断義務に照らせば、設立委員は、採用基準に反して作成された名簿を採用通知の基礎とすることは許されず、国鉄提出にかかる採用候補者名簿について採用基準に沿って公正に作成されたものかどうかを判断し、所属組合による差別等採用基準に反する行為が認められた場合にはこれを訂正させ、訂正に応じないときには、名簿から除外された者についても、採用基準の合致したものとして採用すべき義務があったというべきであり、かつ、右(一)(1)の設立委員の法的地位に照らし、その権限(右は、事業を円滑に開始するために必要な業務に該当する。)を有していたものと解することができる(なお、改革法二三条三項は、単に、採用候補者名簿に記載された国鉄職員で設立委員から採用する旨の通知を受けた者は、当該承継法人(新会社)の職員として採用される旨規定しているだけであって、設立委員が国鉄の作成した名簿に記載されていない者に対し採用通知を発しあるいは採用決定をなすことができないとも、あるいは承継法人が右名簿に記載されていない者や採用通知を受けていない者を採用することができないとも規定していない。)。なお、国鉄職員に関する資料を国鉄当局が保有しており、かつ、短期間に大量の事務を遂行することが必要であったという事情は、右の結論を左右する事由たりえない。これに反する法解釈は、国鉄及び設立委員にあらゆる不当労働行為をなす機会を与えることになり、憲法と労働組合法の禁止する不当労働行為を放置・容認し、ひいては改革法の立法そのものが、国家的不当労働行為と断罪されることになるものであって、是認することができない。

6  国鉄の違法行為及び被控訴人の責任原因

(一) 国鉄の違法行為

(1) 違法行為の態様

① 国鉄当局は、昭和六一年二月二八日の国鉄改革関連五法案の閣議決定を受けて、同年四月二日時点での国鉄職員に関する管理調書の作成を決定し、これをもって、設立委員の採用基準にある承継法人の業務にふさわしい者を判定する資料とすることとした。

② ところが、右職員管理調書の作成は、ごく限られた職制と管轄の鉄道管理局の管理者による調整を経て作成されたものであって、評価の客観性、公正性を担保することがなかった上、特に重要な問題として、評定において、組合活動や争議行為を理由とする労働処分が昭和六一年時点で過去三年間に限定して問われることになり、評価項目が、国鉄当局がすすめる分割、民営化施策に反対する労働組合の運動方針に従って行動をとる組合員にとって必然的に低く評価されるように設定された評価方法によったことである。そのため、管理調書作成の過程において、国鉄当局の分割・民営化に協力的な組合所属の組合員に有利な取扱いが行われることになり、さらに右管理調書に基づく採用候補者選定及び名簿作成の過程において所属組合による差別が生じることになった。

③ また、採用候補者名簿からの除外の理由が、争議行為に対する処分である場合には、不合理性が大きく許されないものというべきである。すなわち、

イ 公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条には合憲かどうかの議論があることのほかに、新会社は争議行為の行使を保障しているから、争議行為をしたことが、新会社の職員としてふさわしくないというのは、国鉄改革に照らし背理というべきである。

ロ 改革法は、新会社の職員数を減員することを前提に、鉄道事業で働く国鉄職員の身分保障を一部否定し、かつ、それらに関して、少なくとも事実上は、国鉄職員が当時の使用者である国鉄に対しても、また新会社ないし設立委員に対しても団体交渉や協約締結による問題解決を不可能にし、公共企業体等労働委員会による紛争調整も無意味な状況にあったから、国鉄職員が協約締結権を含む団体交渉権を付与されながら争議権を否定されていることに対する代償措置を欠く状態になったものというべきである。そうしてみると、かかる場合、公労法の争議禁止の規定の適用は許されない。

(2) 労働組合法七条違反

右職員管理調書の記載とこれに基づく評価は、国鉄の分割民営化に反対した労働組合所属の組合員に対する不利益取扱いであるから不当労働行為に該当し、これを根拠として、採用候補者名簿から控訴人らを除外した国鉄の行為は、労働組合法七条に違反することが明らかである。

(3) 労働基準法二二条三項違反

採用候補者名簿作成において、労働者の労働処分歴を判断資料とした国鉄の行為は、実質的に労働組合運動に関する通信を全て禁止した労働基準法二二条三項に違反する。

(4) 改革法二条二項違反

前記5(一)(2)のとおり、国鉄は、我が国の基幹的輸送機関としての経営体制の確立のため、改革法の定める方針に基づく施策が確実かつ円滑に実施されるよう最大限の努力をする義務を負うところ、採用候補者選定、名簿作成において所属組合による差別等の不当労働行為を行うことは、国鉄改革の確実且つ円滑な実施を不可能にするものであるから、改革法二条二項に違反する。

(二) 設立委員の責任原因

(1) 設立委員は、前記5(一)(4)の準委任契約の委任者として、受任者たる国鉄の行った違法行為の責任を負うべき義務がある。

(2) 設立委員の固有の責任原因

① 設立委員は、当時から所属組合による差別を行うことが懸念されていた国鉄に対し、そのような行為を不可能にするような具体的な採用基準(選定の際に考慮に入れてはならない事項を具体的に挙示するなどの方法で)を提示することなく、採用候補者選定行為の判断を国鉄に一任してしまった過失がある。

② 国鉄が作成した名簿が採用基準に基づき公正に作成されたものかどうかを検討することなくこれを受け入れ、その結果採用されるべき名簿不登載者を採用しなかった。当時約五〇〇〇名以上の欠員状態になっていた被控訴人において、それまで雇用関係を有し、国鉄の事業に日常的に従事していた僅か六二名の職員をあえて不採用としなければならないような必要性や合理性は認められず、不採用者の所属労働組合別の内訳をみると、国労四五名、千葉動労一二名、その他五名であり、国労と千葉動労に集中していること、国鉄が設定した採否の基準「過去四年間に停職六月以上の処分を受けたこと又は停職処分を二回以上受けたこと」に該当する者九名が採用されている事実を考えれば、本件不採用は、改革法の公平かつ公正な適用からかけ離れたものであることが明らかであったにもかかわらず、設立委員は、自ら定立・提示した採用基準の公正な適用と判断を誤り、公正な採用、不採用の判断義務を怠ったものと言わざるをえない。

(3) 不当労働行為責任

① 設立委員の採用通知は、国鉄の不当労働行為意思に基づく採用候補者選定をそのまま適正な選定として是認した上、右行為を受けて自らの意思による行為として継続・完成させたものであり、国鉄の右の行為が、設立委員の採用行為の不可欠な有機的一部をなしているから、設立委員自身も共同不当労働行為責任を負わなければならない。

② 改革法施行規則一二条二項の資料として、前記職員管理調書が添付されていたとすれば、その記載内容から、国鉄が採用候補者名簿作成に際し、所属組合等による差別を行ったことは、設立委員においても明白に認識しえた筈である。右の事情のほか、設立委員の一人は当時の国鉄総裁であり、また被控訴人の前代表者も設立委員の一人であって、同人の右代表者就任後被控訴人において不当労働行為事件等が多発していることをみると、設立委員について不当労働行為意思を有したことが推認できる。

(三) 被控訴人の責任原因

(1) 労働組合法七条の解釈上、不当労働行為禁止規定における使用者とは、広く被用者の労働関係上の諸利益に何らかの影響力を及ぼし得る地位にある一切の者をいうものであるところ、新会社たる被控訴人は、同社職員の選定・採用手続に関してこれに影響力を及ぼし得る地位にあったから、国鉄、設立委員と同様使用者に該当し、前記の不当労働行為に基づく責任を負担すべきものである。

(2) 改革法二三条五項は、職員の採用について、当該承継法人(新会社)の設立委員がした行為及び当該設立委員に対してなされた行為は、それぞれ当該承継法人がした行為及び当該承継法人に対してなされた行為と規定している。してみれば、職員の採用に関し、設立委員がした前記の(二)の不当労働行為等は、新会社である被控訴人がした行為として、被控訴人がその責任に任ずべきことは、右規定の文言上当然のことといわなければならない。

7  改革法二三条の違憲性(労働権保障の観点から)

(一) 労働権の現代的意義

憲法における労働権は、人間労働の尊厳性に即した雇用を保障することを基本理念としなければならない。労働権の現代的意義は、労働が労働者の自己実現を目指す活動であり、それを通じて労働者における人格の自由の真の発展がもたらされるという側面に着目して、「失業という状態」からではなく、「就労という状態」から発する既得権的な権利を保障することにあり、「労働している現在の状態を継続、存続する権利」として、また「人たるに値する労働条件を受ける権利」として具体化されるべきである。また、職業選択の自由に関する最高裁判決は、労働者においては職業が各人が自己のもつ個性を全うすべき場として個人の人格的価値とも不可分の関連を有する旨を判示した。右の判決の考え方によれば、労働者においては、その具体化として、雇用を選択する自由のみならず、雇用を継続、存続する権利、雇用された場において労働する権利等が保障されるべきである。してみると、憲法二七条一項、憲法二二条一項は、労働権の一内容として、労働者自ら選択する職業において働く権利があることを前提に、さらに自らの個性を全うする場として選択した雇用を継続、存続する権利を保障しているものというべきであり、かかる権利を侵害する国家あるいは使用者の行為は原則として違憲とされるべきであり、これに該当する個人間の契約及び個人又は団体の行為は無効である。

(二) 改革法二三条と労働権の保障

右の労働権保障の観点から本件を検討すると、第一に、国鉄職員として就労状態にあった控訴人ら労働者に対しては、憲法二七条一項及び二二条一項によって、労働の自由すなわち、自ら選んだ職業において働く権利及び自らの個性を全うする場として選択した雇用を継続、存続する権利が保障される。したがって、控訴人らが、自ら選択した鉄道事業において継続して労働することを希望して新会社の募集に応じた以上、新会社において原則として控訴人らを職員として採用すべき義務が発生した。以下、この間の事情について、さらに敷衍して述べる。

(1) 新会社、特に鉄道会社の企業体としての実態について

① 国鉄と新会社の事業は、いずれも鉄道事業であり、新会社は、その事業に必要な資産、施設及び機構等の全てを国鉄から引き継ぎ、事業は瞬時も休むことなく継続された。

② 新会社は、国鉄から、その資産の約八五パーセント、長期債務の約三四パーセントを帳簿価格により承継し、残りの国鉄の資産と債務は事業団が引き継いた。

③ 新会社の役員については、代表取締役等の一部に国鉄出身者以外の者が就任しているものの、常勤役員のほとんどを国鉄出身者が占め、また、職員は、改革法二三条一項の規定に基づき、全て国鉄職員から募集されることになっており、そのとおり実施された。さらに、再就職促進基本計画によれば、新会社がその設立後に職員を採用する場合は、事業団の職員を優先的に雇用しなければならない旨が定められている。

(2) 新会社の職員の身分等について

① 基本計画の定める職員数は各新会社の業務上必要な人数を上回って設定された。

② 国鉄職員が国鉄を通じて設立委員等に提出した意思確認書には就職を希望する承継法人(新会社)を五つ以上記入する欄が設けられていた。

③ 新会社の職員となるものの退職手当ては、改革法二三条六項及び設立委員会で定めた労働条件の規定により、国鉄からは支給されず、新会社において国鉄と新会社の在職期間の通算が行われ、また、有給休暇付与条件についても国鉄の勤務が通算されることとされた。

(3) 設立委員による新会社の職員の採用手続について

① 設立委員会から提示された新会社職員の採用基準の第三項は、「国鉄在職中の勤務状況からみて、当社の業務にふさわしい者であること」というものであり、その「ふさわしい者」の具体的判断は国鉄に委ねられた。

② 設立委員会は、国鉄の作成した採用候補者名簿に登載された者全てを採用内定している。

③ 運輸大臣が参議院の特別委員会において、国鉄の名簿作成は、法的には設立委員が行うべき採用業務の事務補助であり、法的には準委任ないし代行である旨説明している。

④ 改革法施行規則一二条の規定では、国鉄は設立委員への名簿提出に際し判断の基礎とした資料を添付しなければならないものとされ、国鉄が第三回設立委員会に提出した「新会社の職員となるべき者の選定結果について」と題する書面には「明らかに新会社の業務にふさわしくないと判断される者については、名簿登載者数が基本計画に示された数を下回る場合においても、名簿に記載しなかった。」との記載がある。しかるに、意思確認書により新会社に応募しながら名簿に登載されなかった者の名簿不登載の理由について設立委員会が独自のチェックをした事実がない。

(4) 以上の事実に基づき、労働権保障の観点から検討すれば、控訴人らの労働権(労働している現在の状態を継続、存続する権利及び自らの個性を全うする場として選択した雇用を継続、存続する権利)の内容として、控訴人らが新会社たる被控訴人に採用され、自ら選択した鉄道事業において継続して労働することが認められなければならず、国鉄と新会社とが別法人であることを理由として、新会社における採用義務の発生を否定するならば、形式的観念論にとらわれ客観的事実を無視した誤りというほかない。

(5) してみれば、改革法二三条が、憲法上の要請である採用義務を否定したものとすれば、違憲といわなければならず、憲法上の要請との整合性を求めるとすれば、採用義務を前提にした合憲限定解釈によるしかない。そうすると、改革法二三条は、国鉄職員を新会社の職員と事業団の職員に振り分ける手続きを定めた形式的手続規定にすぎず、労働権の保障を制約するような整理解雇の要件等が存在しない場合には、新会社において職員募集に応じた国鉄職員を採用しないことは許されないものというべきである。

(6) ところで、改革法に従ってなされた国鉄の分割民営化の破綻はもはや明らかであり、控訴人らの不採用の根拠とされた改革法の立法事実、目的等は合理性のないものであったことが明らかになった。よって、国鉄の鉄道事業等を引き継いだ新会社である被控訴人が、自ら選択した鉄道事業において継続して労働することを希望して応募した控訴人らを、改革法二三条を理由に採用しなかった行為は、憲法二七条一項及び二二条一項によって保障された控訴人らの労働している現在の状態を継続、存続する権利及び自らの個性を全うする場として選択した雇用を継続、存続する権利を不当に侵害するものであったというべきである。

(三) 改革法と憲法二八条(補足)

(1) 憲法二八条の労働基本権の保障は、国家に対して、労働者の団結と団体行動の自由を否認、制限、妨害しないという消極的行為ないし不作為と、私人(使用者)による右の自由に対する侵害を阻止ないし救済するという積極的行為を要請する。改革法が国鉄職員の設立委員もしくは国鉄当局に対する団体交渉権を否定するものであるならば、同法の立法自体が、国家に要請される右の各義務に違反した行為とならざるをえない。すなわち、改革法二三条が、国鉄職員から新会社の職員の採用について、新規採用としての自由裁量権を付与したものとすれば、国鉄の分割民営化に際して、国鉄職員が、国鉄を退職して新会社に採用されるか、事業団職員となって三年の間に退職又は解雇を余儀なくされるかのいずれの場合であっても、雇用関係の基本的な変動に曝されることになる。かかる最も基本的な労働条件の変動について、労働者、労働組合に対し団体交渉権が保障されない立法がなされたとすれば、その立法は憲法二八条に違反する。国鉄職員が極めて重大な労働条件の変更に際し団体交渉を行う権利が全く保障されないという事態について合理的根拠がある道理がない。国鉄職員は公労法一七条によって争議行為が禁止されていたが、当該規定自体の違憲性が問題にされなければならない。また、国鉄職員の争議権剥奪に関して合憲性の有力な根拠とされる公営企業の公共的特殊性は、国鉄の民営化によって崩壊した。鉄道業の社会的性質に変化がないのに、分割民営化により争議権が与えられたことは、そもそも国鉄の公営企業としての公共的特殊性という観念が仮象のものであったことを意味している。そして、設立委員については、承継法人の職員の採用について設立委員が行った行為及び設立委員に対してなされた行為は、当該承継法人がした行為及び当該承継法人に対してなされた行為とされ、かつ、承継法人が私企業であり、そのもとで労働基本権が認められる以上、設立委員に対する争議行為は肯定されるべきであり、公労法一七条の規定はこれを否定する根拠にはならない。よって、改革法の解釈上、新会社への採用について、国鉄職員に団体交渉権、争議権が認められないとすれば、改革法は憲法二八条に違反するものである。

(2) むしろ、改革法の解釈論上、設立委員について団体交渉応諾義務を否定すべき理由はないものであり、しかるに、設立委員が雇用や配属に関し一切団体交渉に応じないことにつき、政府がこれを公認したことにより適用違憲の問題を生じている。設立委員が団体交渉応諾義務を負うことの理由は、次のとおりである。

① 新会社の職員として採用されなかった国鉄職員についての国鉄との雇用関係が、当然に事業団に承継されるものでないことは、前記1(二)(2)記載のとおりであるが、仮に事業団に承継されたとしても、当該職員に対しては期限付き整理解雇がなされたものにほかならない。すなわち、再就職促進特別措置法附則二条により同法が平成二年四月一日に失効するのに伴い、事業団の職員は当然失職することが法定されているから、右は、改革法二三条の手続が生み出した法律関係そのものとしての解雇というべきであり、再就職促進特別措置法において、それまでに全員再就職されることを前提として立法されているからとの理由で、期限付き整理解雇であることを否定することはできず、同日まで事業団と雇用関係があるとすれば、法的には期限付き解雇であることが明らかである。してみれば、国鉄職員の新会社への採用について、労働者、労働組合の団体交渉権が保障されなければならない。

② 設立委員は、団体交渉の当事者たる使用者に該当する。設立委員については、近くJR新会社となることが予定されている設立中の新会社の代表機関(あるいは設立中の会社そのもの)であり、その者との間に雇用関係が成立する可能性が現実かつ具体的に存在するところの使用者と解することができる。さらに、昭和六二年二月一六日設立委員が採用通知を発した時点では、これを受けた組合員と設立委員との間に採用内定関係が成立し、設立委員はその組合員の使用者となったことが明らかである。してみれば、その所属組合は、組合員のある者が採用通知を受け、他の者がこれを受けなかったとすれば、その問題について設立委員と団体交渉を行うことが認められなければならない。

③ 改革法二三条二項の国鉄による国鉄職員の意思確認及び採用者候補者名簿の作成について、国鉄に団体交渉応諾義務がないとすれば、前記のとおり、国鉄はこれらの行為を設立委員の権限の補助ないし代行行為として行ったものというべきであるから、これらの事項について、設立委員は団体交渉に応じる義務があった。

二  被控訴人の主張

1  控訴人らの主張1に対する反論(補足)

(一) 国鉄について、鉄道事業その他の事業の経営が破綻し、従来の公共企業体による全国一元的経営体制の下における事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となったため、輸送需要の動向に適切に対応しうる新たな経営体制を実現し、我が国の基幹的輸送機関として果たすべき機能を効率的に発揮させることが、国民生活及び国民経済の安定と向上の上で緊要な課題であることが認識され、その目的のため、経営形態の抜本的改革が行われることになった(改革法一条)。右の抜本的改革は、その内容が広汎にわたり多くの問題があるところから、国鉄及び各事業主体の基本的組織とそれらに関する物的、人的法律関係の発生、消滅、変動等を明確ならしめるため、国は、改革法その他の関連諸法令を整備した。したがって、国鉄、新会社(承継法人と略称されるが、当然承継の関係の存在を意味するものではない。)及び事業団の各性格、内容、その間の権利・義務の帰属、職員の採用等については、基本的に右の諸法令によって定められているものであって、この特別法の規定を離れた一般論又は事実認定によって左右される余地はない。右の諸法令に照らすと、国鉄は国鉄法に基づく特殊法人であったが、被控訴人を含む新会社は、株式会社として新たに設立された私法人であり、国鉄とは別個の法人格を有するものであって、両者間の権利・義務の移転を法的にみれば、債権については債権譲渡が、債務については債務引受けがなされたものと解することができる(なお、右の権利・義務の移転につき民法所定の対抗要件たる通知又は承諾がなされており、この点の控訴人らの主張は事実に反するものである。)。そして、従来の国鉄を使用者とする雇用関係については、改革法一九条四項において実施計画による引き継ぎ又は承継の対象から除外されており、新会社において改革法二三条の手続に従い新規に職員を採用して雇用関係が創設されることが明定されているから(これに対し、例えば日本電信電話株式会社附則六条は、公社職員はそのまま新会社の職員となることを明定している。)、法は、新会社の職員採用について私的自治に任せることなく、明文(改革法二三条)を設けて、採用決定に至るまでの手続の段階的区分、各段階の責任者及び権限等を明定し、およそ解釈上疑問が生じないよう措置していると解することができるのであって、同条所定の手続を離れて、法人格を異にする主体間の実質的同一性又は当然承継による雇用関係の存続を議論する余地はない。

(二) 新会社に採用された職員が国鉄に対し退職届を提出したことは、当該職員において国鉄職員の雇用関係を承継する事業団との関係で、事業団に承継されるべき雇用関係が残存しないことを明確にするためにとられた事務手続上の処理にすぎず、また事業団法一七条による事業団職員の任命行為は、国鉄が事業団に移行した結果、その職員との間における雇用関係が事業団に承継されたことを確認する趣旨に基づくものにすぎないから、このことによって右(一)の立論が左右されるものではない。そのほか、既述したとおり、新会社における職員の退職手当等に関する通算規定は、国鉄から新会社への雇用関係の継続がないからこそ立法上の優遇措置として設けられたこと、国鉄当時における職員の懲戒処分の効力及び国鉄当時の所為に係る懲戒処分が事業団についてのみ存続するとされていることにも、雇用関係の新会社への継続を否定する趣旨が表れている。よって、国鉄から新会社への雇用関係の承継が生じる余地はなく、従来の雇用関係は国鉄を承継する事業団との間で存続するにとどまる。

2  控訴人らの主張2に対する反論(補足)

(一) 国鉄改革の契機が国鉄の経営の破綻にあり、国鉄がその業務量に比して著しく過剰な要員を抱えていたことと旧来の経営形態の悪弊を抜本的に改革し、新会社が合理化された要員規模(換言すれば、従前の国鉄職員の一部が不採用になることは、当然予想されていた。)で発足することにより、改革の目的たる新会社における新たな効率的経営態勢の確立を図ることとした。そこで、新会社の採用手続についても、私的自治に任せることなく、特段の立法措置たる改革法(二三条)の定めるところにより処理することとされたものである。右の法の趣旨と基本計画における「承継法人の職員となるものの総数及び承継法人ごとの数」が定められた経過に照らせば、基本計画において策定された人数は、法的拘束力あるいは自己拘束力を持つものではないというべきであり、これに反する控訴人らの「基本計画による定員採用義務」の主張は、帰するところ、右の人数に達しない場合において採用基準に該当しない者についても採用が義務づけられるというものであって、改革法の趣旨に反し、同法二三条を排除するものであり、不当な議論である。

(二) 新会社における職員採用については、専ら改革法二三条の解釈及びその適用の実態(控訴人らが、国鉄作成の名簿に登載されなかったこと、及び設立委員が採用通知を発しなかったこと)によってなされるべきである。改革法上、新規採用の対象者の範囲を画する名簿の作成は国鉄の専権として法定され、設立委員は、改革法二三条三項により、国鉄から提出された名簿に登載された者の中から採用者を決定することができるにとどまり(設立委員は、同条項により、その中の一部の者を不採用とする限度において権限は付与されている。そして、改革法施行規則一二条は、そのために名簿登載者に関する判断基礎資料の添付を義務づけている。)、不登載者については、これを採用しえないことはもとより、名簿の作成について何らの権限を行使しえないことは、法令上明らかなところである。控訴人らの「基本計画による定員採用義務」の主張は、右のような採用手続における各段階的区分とその責任者及び権限等を明定し、およそ解釈上疑問が生じないよう措置している改革法の規定を無視し、改革法二三条によることなく、雇用関係の成立が認められるべきであると主張するものであって、失当である。

(三) 控訴人らの言及する雇用保障についてみれば、控訴人らのように新会社に採用されなかった旧国鉄職員については、国鉄の法人格を承継した事業団にその雇用関係が承継され、現に同人らは、昭和六二年四月以降事業団の職員として引き続き所定の給与の支給を受けていたものであるから、新会社の不採用をもって解雇と同視することは許されず、したがって、これを前提とする控訴人らの右の主張は理由がない。

3  控訴人らの主張3に対する反論

前述したとおり、改革法二三条二項所定の名簿作成権限は、同条項により国鉄のみが専権的に有するものであって、設立委員はかかる権限を有しない。また、国鉄と設立委員は、それぞれ独立して別個に手続を分担し、両者の関係について特段の規定がないから、設立委員は国鉄の名簿作成に関し予め一般的に採用の基準を提示するほかは何ら関与する権限がなく、他方国鉄においては、設立委員から提示された採用の基準の適用を検討するに際し、国鉄改革及び前述の新規採用手続が法定された趣旨、とくに国鉄再建監理委員会の意向に応じて、設立委員から提示された右採用の基準を自らの責任において公正に適用し(設立委員の意向を徴する余地はない。)、一部勤務成績不良者については、基本計画による採用予定数を下回ってもこれを名簿に登載しないこととしたものと解することができる。してみれば、設立委員は、名簿不登載の理由の如何にかかわらず、およそ右名簿不登載者に対しては採用通知を発することができないものであり、これに反し、名簿不登載にもかかわらず、採用される地位が付与されたとする控訴人らの主張は、改革法の趣旨に反する主張であって、失当である。

改革法二三条二項が国鉄に採用候補者名簿作成権限を付与したのは、国鉄職員の国鉄在職中の勤務状況を詳細に把握し評定しうる立場にある者が国鉄をおいて他にないことによるものであり、また、設立委員が、採用基準において、国鉄在職中の勤務の状況からみて当社の業務にふさわしい者であるという基準を提示したことは、採用希望者であっても、従来の勤務状況によっては、名簿不登載になりうることを予定しているものである。

4  控訴人らの主張4に対する反論

控訴人らの右の主張は改革法二三条の手続によらない雇用関係の成立を主張するものにほかならないから失当であるほか、国鉄職員に配付された「意思確認書の記入要領」等において、改革法二三条二項の意思の確認が、新会社との間において応募に当たることが明記されているから、控訴人ら主張の雇用関係の成立はその前提事実を欠き、失当である。

5  控訴人らの主張5、6に対する反論

(一) 改革法における設立委員と国鉄の法的地位等

設立委員と国鉄がそれぞれ独立して別個に手続を分担し、改革法二三条二項所定の名簿作成権限は国鉄のみが専権的に有するものであって、設立委員はかかる権限を有せず、また、設立委員が国鉄に対し特段の指示を与える余地もないことは、前述したとおりである。履行補助者、準委任、代行なる用語は、法案審議の過程における説明の便宜のために用いられたものにすぎず、これによって採用手続における国鉄関与の法的性格の解釈が左右されるものでなく、右の点の法意は、関係法令の規定を基礎とし、客観的、合理的に理解されるべきことは、法解釈上当然の要請である。そうしてみると、設立委員に対し、控訴人らが主張するところの名簿作成(不登載)の当否を確認・判断すること等の義務(指揮監督・公正判断義務)を認める余地は法理上ありえないものというべきである。

(二) 被控訴人、設立委員の責任原因の存否

新会社の職員採用(新規採用)に関する一連の手続において、国鉄がその一段階を分担しているからといって、その際の国鉄の所為につき、被控訴人、設立委員にその責任が帰属することが法理上ありえないことは、右(一)から明らかである。それ故名簿作成に係る国鉄の作為又は不作為について、たとえ何らかの責任に問擬しうるものがあったと仮定しても、その責任は、別途専権を行使した国鉄(現在においてその法人格を承継している事業団を含む。)との関係において論じうるにとどまり、国鉄とは別個の立場にあって、単に国鉄作成の名簿に基づく新規採用行為をなすことを義務づけられていた設立委員にその責を帰せしめることは、明文の規定に反する誤った解釈である。設立委員は、予め一般的に採用の基準を提示するほかは、国鉄の名簿作成に関し何ら関与するところではなく、そもそも関与する権限がなかったのであるから、共同不法行為責任を負う余地はないものである。

6  控訴人らの主張7に対する反論

(一) 改革法二三条二項に基づき採用候補者選定権限を行使する際の国鉄の地位は、新会社の職員の募集、意思確認等の手続を短期間に大量に遂行することが必要なことから、右規定により限定的に付与された公法上の地位であり、国鉄職員との雇用関係上の使用者たる地位ではない。また、国鉄は、新会社職員の採用に関し処分・管理権限を付与されていないことは既述したとおりであるから、国鉄職員の新会社職員への採用確保について、国鉄を当事者として争議及び団体交渉ができないことは、当該事項の性質及び右の国鉄の立場からいって当然の理であり、したがって、改革法二三条の規定上、使用者の立場にはない設立委員に対してだけでなく、国鉄に対しても争議及び団体交渉ができないとしても、これをもって、同条が憲法二八条に違反するとはいえない理である。

(二) さらに、不採用に係る国鉄の不当労働行為を仮定した場合でもその救済が全く否定されることになるわけではない。国鉄は、昭和六二年四月一日以降事業団に移行し、従前の職員は退職又は新会社に採用される等の事情がない限り、事業団との間において従来の雇用関係が継続され、また、国鉄が右移行前に負担した責任ないし債務も、同様に事業団との間において存続するのであるから、事業団に対し、損害賠償請求をなす等法理上許容される限度においてその救済を求めうるはずである。そして、国鉄改革に係る事情変更によって、通常の場合に比し、その救済内容に法理上の制約が生じうるとしても、それは、法人の解散等に伴って一般的に生じうるところと同様であって、本件に特有な現象ではない。改革法の解釈上右のような結果になるからといって、改革法について憲法違反を論ずる余地はなく、また、憲法二八条は、労使関係の存在する場合にのみ問題となるのであって、労使関係そのものの存続あるいは創設を強制するものではない。

第三  証拠関係

原審記録中の書証目録及び当審記録中の書証目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者について

国鉄が昭和六二年四月一日に改革法及び事業団法に基づいて事業団に移行したこと並びに被控訴人が改革法及び新会社法に基づく設立手続により設立された新会社の一つであることについては当事者間に争いがなく、国鉄が鉄道事業を営む国鉄法の法人であったこと、及び、被控訴人が国鉄から東北及び関東地方の旅客輸送事業を引き継いだことについては、被控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二  控訴人ら・国鉄間の労働契約関係の被控訴人への当然承継について

1  実質的同一性の理論に基づく当然承継について

控訴人らは、国鉄と被控訴人を含む各新会社とは形式的には別個独立の法人格を有するとしても、両者は実質的に同一性を有するとして、国鉄における労働契約関係が当然に新会社に承継されると主張するものであるが、控訴人らが根拠とするいわゆる実質的同一性の理論とは、(一)新旧両会社の間に、経営者ないし実権者、資本の構成、営業の実態(特に、内容、場所、設備、名称等)について同一性ないし類似性が認められ、かつ、(二)旧会社の解散と新会社設立に至る諸事情、すなわち、旧会社の解散の必然性ないし合理性の有無、旧会社の解散と新会社設立との時間的接着性、旧会社における組合活動の動向とこれに対する旧会社の対応等に照らし、旧会社の解散と新会社の設立が組合壊滅を目的とした一連の行為であると認められる場合に、新会社を名宛人として救済命令を発することを肯定するための理論として、労働委員会を中心に採用されてきたものと考えられる。しかしながら、法律関係とは異なる平面において不当労働行為等により不利益を被った当事者の原状回復を図る救済手続においてはともかく、法律関係の存否の確定を目的とする民事訴訟においては、社会的・経済的同一性のみをもって法律関係の当然承継を認める法的根拠とするに十分とはいいがたく、また、労働者が有機体としての企業に包括されその構成部分として取り扱われるべき性質を有するものと解すべき実定法上の根拠はない上、そもそも右の理論は、旧会社の解散と新会社の設立が組合壊滅の目的その他違法又は不当な目的に出た場合に適用することを想定したものと考えられ、法人格の濫用の問題と切り離して考えることはできないから、むしろ、別個の法人格を有する者の間において法律関係の同一性を架橋するためには、判例上確立された理論である法人格否認の法理を判断基準とするのが相当であり、かつ、これをもって足りるものというべきであり、したがって、控訴人らの実質的同一性に基づく当然承継の主張は採用することができない。

2  営業譲渡に基づく労働契約関係の承継について

(一)  右1のとおり、労働者が有機体としての企業組織の構成部分としてこれに包括されて取り扱われるべき性質を有するものと解すべき実定法上の根拠はないから、個々の労働契約関係が営業譲渡に伴って当然に包括的に移転していくものということはできない。そもそも、営業譲渡は必ずしも全部の権利義務を譲渡しなければならないものではないのであって、契約により営業が譲渡される場合においても、どのような権利関係を移転するかは譲渡契約当事者間で自由に決められるべきものであり、現実の営業譲渡契約において労働契約関係移転に関する合意があったかどうかこそが問題となるところ、国鉄の分割民営化に伴う国鉄から各新会社への事業の引き継ぎ及び権利義務の承継については国鉄改革関連法令によって法定されているから、各新会社設立の過程に国鉄の営業の分割譲渡又は営業の現物出資の要素が認められるとしても、右法の趣旨が、従来の国鉄職員との労働契約関係についても各新会社にこれを承継させるものであったか否かを検討しなければならないこととなる。

そこで、さらに検討する。

(二)  国鉄の分割民営化と改革関連法の概要

(1) 国鉄の分割民営化に伴う国鉄から新会社への事業の引き継ぎ及び権利義務の承継について

改革法、新会社法及び事業団法は、事業の引き継ぎと権利義務の承継について、次のとおり定めている。

① 運輸大臣は、国鉄の引き継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画を定め、国鉄は、運輸大臣の指示により、承継に関する実施計画を作成する(改革法一九条一項、三項)。

② 国鉄の事業等を引き継ぐ経営組織として新たに株式会社が設立され(改革法六条及び八条)、それぞれ新会社の設立の時において、国鉄の権利及び義務のうち運輸大臣の認可を受けた実施計画(承継計画―改革法二一条、一九条五項)において定められたものを、実施計画において定めるところに従い承継する(改革法二二条)。

③ 新会社に承継されないものは、国鉄が移行した事業団に帰属する(改革法一五条、事業団法一条、附則二条)。

④ 実施計画に記載すべき「承継法人に承継させる権利及び義務」から労働契約関係は除外され(改革法一九条四項)、承継法人たる新会社の職員は、設立委員が国鉄を通じて募集する(同法二三条)。

⑤ 新会社法附則九条により、改革法附則二項の規定の施行時すなわち同附則一項により昭和六二年四月一日に新会社が成立し、新会社成立と同時に承継計画に基づき国鉄の権利義務が承継され(改革法二二条)、新会社に事業を引き継いだ国鉄は、右改革法附則二項の規定の施行時に事業団となり、新会社に承継されない資産、債務等の処理及び職員の再就職の促進を図るための業務等を行う(改革法一五条、事業団法一条)。

以上の諸規定を総合的・合理的に解釈すると、改革法は、従来の国鉄との労働契約関係を各新会社に承継させることなく、承継法人たる新会社の職員は、設立委員が国鉄を通じて新規に募集することとし、各新会社に事業等を引き継いだ後の国鉄は、人格の同一性を有したまま事業団に組織及び名称を変更するに至り、新会社に採用されなかった国鉄職員との労働契約関係は、そのまま事業団との間で存続することとされたものと考えられる。新会社の職員として採用された国鉄職員は、国鉄を退職し新会社との間で新たに労働契約関係が創設されることになるが、新会社職員の退職手当等に関する通算規定(改革法二三条六項、七項)については、例えば国家公務員から地方公務員になる場合にも同様の規定(国家公務員退職手当法一三条)がみられるものであって、右の解釈の妨げにはならない。また、事業団の職員は理事長が任命するとの事業団法一七条は、新会社の職員に採用されなかった国鉄職員に関する従来の国鉄との労働契約関係がそのまま事業団との間に存続することを否定する趣旨ではないことは、各新会社に承継される国鉄の権利義務から労働契約関係が除外され、国鉄が新会社に事業等を引き継いだときは事業団に移行し、各新会社に承継されない資産、債務等の処理及び職員の再就職の促進を図るための業務等を事業団が行うことが明文で規定されていること等に照らし明らかといわなければならない(右の事業団理事長による任命行為に関する右の規定は、新会社の職員に採用されなかった国鉄職員との労働契約関係について、国鉄から法人格を同一にして組織及び名称を変更した事業団との間にそのまま存続することを確認する事務手続上の理由に基づくものと解することができる。)。事業団就業規則の制定及び規定内容についても、同様に右の解釈を左右するものではないというべきである。そして、右のような国鉄改革関連法令の基本的な考え方は、国鉄の鉄道事業その他の事業の経営が破綻し、効率的で輸送需要の動向に的確に対応しうる新たな経営体制を実現するための経営形態の抜本的な改革として、国鉄の事業を六旅客鉄道会社、一鉄道貨物会社の複数の新事業体等に分割するとともに(改革法六ないし八条、一一条)、国鉄の膨大な余剰人員の可及的解消を図ることとしたものと考えられ(国鉄改革の基本的施策の一つに、国鉄の膨大な余剰人員の可及的解消があることは、改革法及び事業団法等の規定の内容及び被控訴人において自白したものとみなされる次のような国鉄再建監理委員会の最終答申の内容、すなわち「昭和六二年度までに完全に私鉄並みの生産性を実現することについては、現行の国鉄における合理化の進捗状況から見てやや無理があると考えられる。また、余剰人員が膨大であることにかんがみ、旅客鉄道会社にも経営の過重な負担とならない限度において余剰人員の一部を移籍させることが適切である」との意見からも窺知することができる。)、たばこと電信電話の各民営化の際には、旧公社が解散され、新会社は旧公社の一切の権利義務を包括承継するとされたのと対照をなし、従前の労働協約等に基づく国鉄との労働条件についてもこれを維持することなく、新会社における労働条件は、設立委員が募集の際に新たに提示することとされており(改革法二三条)、この点にも、国鉄改革においては従前の労働契約関係はこれを断ち切り、新たな労働契約関係を創設することとした法の趣旨が明示されているものというべきである。

(2) 新会社職員の採用手続

新会社職員の採用手続については、改革法二三条が、設立委員にその募集をさせることとしたほか、手続の各段階等を法定しているから、関係当事者の法律関係は右の規定によって規律されるべきことになる。

① 設立委員

新会社法附則二条は、各承継法人ごとに運輸大臣から任命される設立委員が承継法人たる新会社の設立に関し発起人の職務を行い、改革法二三条に定めるもののほか、承継法人(新会社)がその成立の時において事業を円滑に開始するために必要な業務を行うことができる旨定めている。たばこ及び電信電話の各民営化の際には、公社の職員は新会社設立の時に当然新会社の職員になるものとされたため、職員の募集が設立委員の業務とされることはなかったものであるところ、商法上会社設立にあたり、職員の採用については発起人の権限には含まれていないから、改革法二三条の設立委員の権限は、国鉄改革において特別に法によって付与されたものと考えられる。

② 採用手続の概要

イ 国鉄職員のうち、承継法人(新会社)の職員となる者の総数及び承継法人ごとの人数は、運輸大臣が基本計画において定める(改革法一九条二項三号)。

ロ 設立委員は、国鉄を通じ国鉄の職員に対し、それぞれの承継法人(新会社)の労働条件及び採用の基準を提示して、職員の募集を行う(改革法二三条一項)。労働条件の内容となるべき事項及び提示の方法は運輸省令で定められる(同条四項)。

ハ 国鉄は、承継法人の職員となることに関する国鉄の職員の意思を確認し、その職員となる意思を表示した者の中から、右の採用の基準に従い職員となるべき者を選定し、その名簿を作成して設立委員に提出する(改革法二三条二項)。職員の意思の確認の方法等は運輸省令で定められる(同条四項)。

ニ 右の名簿に記載された国鉄職員のうち、設立委員から採用通知を受けた者であって、附則二項の規定の施行の際現に国鉄の職員である者は、承継法人(新会社)の設立の時において、当該承継法人の職員として採用される(改革法二三条三項)。

ホ 承継法人(新会社)の職員の採用について、設立委員がした行為及び設立委員に対してなされた行為は、それぞれ承継法人がした行為及び承継法人に対してなされた行為とする(改革法二三条五項)。

(三)  以上の改革法二三条をみると、新会社職員の採用手続においては、新規に採用する職員を設立委員が国鉄を通じて労働条件及び採用の基準を提示して国鉄職員の中から募集することと定められ、これとの関係上、国鉄職員に関する資料を有し事情を最も良く知っている国鉄が、短期間に大量の事務を処理する必要性もあって、その職員に対する意思確認、採用の基準に従った選定と名簿作成の各事務を行うこととされ、設立委員は、国鉄が作成した名簿に記載された者の中から職員として採用すべき者を決定し、採用通知を発することが定められたものと解することができる。そして、新会社における労働契約関係の創設が右イないしニの過程を経て段階的に行われるものとされ、かつ、各段階における権限の範囲と権限者が法定され、相互に他の者の権限の行使についてこれを規制しうる規定がないこと等に照らせば、ハの国鉄による採用候補者の選定行為は、専ら国鉄の権限と責任に委ねられたものであって、国鉄が、設立委員の権限に属する採用候補者選定行為を補助するにすぎないものということはできず、また、設立委員においては、右名簿登載者の中からさらに選別して採用者を決定する権限と責任を有するが、名簿に登載されなかった国鉄職員についてはこれを採用しうる権限はなかったものと解するのが相当である。

(四) してみると、営業譲渡による国鉄から新会社への労働契約関係の当然承継をいう控訴人らの主張は、国鉄改革が事業等の分割化と余剰人員の可及的解消による効率的な経営体制の確立を目的とし、国鉄改革関連法令において、事業等の引き継ぎや権利義務の承継とは区別して、新会社職員の採用手続に関する特別の規定が設けられ、労働契約関係については承継しない旨を明示していることと矛盾するものであって採用しがたく、また、改革法二三条は、新会社と職員との労働契約関係が同条所定の各段階を経て新たに形成されるものであることを明確かつ具体的に規定しているものであって、労働契約関係の当然承継を前提にした職員振り分けの規定ではないことは明らかといわなければならない。

三  法人格否認の法理について

1  法人格否認の法理とは、(一)法人格が全く形骸にすぎない場合及び(二)法人格が法律の適用を回避するために濫用されたような場合に、法人格の異別性の主張を許さないとする法律効果を生じさせるものと解することができる。控訴人らは主として右(二)の場合を主張するものであるが、前記二1の判示との関係上念のため右(一)の場合に当たるかについても検討するに、右(一)の法人格が全くの形骸にすぎない場合とは、一方の会社が独立の法人としての社会的・経済的な実体を欠き、実質的には他の会社の単なる一部門ないし名前だけの幽霊会社にすぎないなど、他の会社によって完全に支配されている場合をいうものと解されるところ、国鉄改革関連法令に照らし、国鉄改革における各新会社は、独立の資産を有し、独立の採算をもって業務活動を行うものであり、他の会社、法人から支配をうける関係にはないと認められるから、各新会社の法人格が形骸にすぎないということはできないものである。

2  次に、右1(二)の法人格の濫用に当たるか否かについて検討するに、各新会社の設立と国鉄の事業団への移行を定めた国鉄改革関連法令の立法経緯は、国鉄の鉄道事業その他の事業の経営が破綻し、全国一元的な経営体制の下では適切かつ健全な運営が困難になっていることに対処して、国の基幹的輸送機関としての効率的な経営体制を確立し、国民生活及び国民経済の安定及び向上を図る上での緊要の課題に対応するため、その抜本的改革としての基本的施策を法令によって定めたものであること(改革法一条)が認められるから、右法令に基づく各新会社の設立と国鉄の事業団への移行をもって違法又は不当な目的を有するものとはいえない上、第三者たる国会による立法行為に基づく設立である点からもこれを否定すべきものと考えられる。したがって、各新会社の設立と国鉄の事業団への移行について、法人格濫用による否認の法理が適用されるべき理由はないものというべきである。

四  改革法の解釈に基づく労働契約関係の当然承継及び労働契約関係成立の各主張の当否について

1  控訴人らは、改革法二三条の募集には、合理的に解釈された暗黙の意思として、応募者が職員定数に満たない場合には、社会的合理性のある場合(破廉恥犯での処罰等)だけを採用基準外として、応募者全員を採用するという意思表示が含まれていたとし、国鉄職員の応募の意思表示はこれに対する承諾になる旨主張する。しかしながら、民法上一般に労務者の募集は契約の申込みではなく、申込みの誘引であると解されている上、改革法二三条の規定上、同条一項の職員の募集は労働契約の申込みではなく、かえって国鉄職員の応募こそが契約の申込みに当たるものであると考えられ、募集にあたり国鉄職員に配付された「意思確認書」(原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証の一部)にも、その旨(右書面が就職申込書を兼ねる。)が明記されているから、控訴人らの右の主張を含めてこれに反する解釈をする余地はなく、控訴人らの右主張は失当である。

2  基本計画による定員採用義務の存否と労働契約関係の成否について

控訴人らは、「採用希望者」が「日本国有鉄道の職員のうち承継法人の職員となるものの総数及び承継法人ごとの人数」を下回ったときは、改革法二三条三項に定める設立委員等の採用手続の余地はなく、国鉄から被控訴人に対し当然に雇用関係が引き継がれると解すべきところ、基本計画において被控訴人の要員数は八万九五四〇人と定められていたが、被控訴人の採用予定候補者名簿への登載者数が八万四三四三人に止まり、定員割れの事態が生じたのであるから、同条によって職員選定、名簿作成、採用基準の適用を行うことは許されない旨主張する。しかしながら、国鉄改革において、法は、労働契約関係については承継法人に承継されるべき権利義務から除外して、新規に職員を採用することとし、その際従前の労働条件についてもこれを引き継ぐことなく、設立委員において新たに提示する労働条件によることとしているから、採用希望者が基本計画に定める員数を下回った場合でも、従来の国鉄との労働契約関係について承継法人への当然承継はこれを否定していることが明らかである。

次に、基本計画の定員採用義務に基づく労働契約関係の成立の主張(控訴人らの主張には、右の主張も含まれるものと解される。)の当否について検討する。確かに、改革法一九条一項、二項は、国鉄の事業等の承継法人への適正かつ円滑な引き継ぎを図るため、運輸大臣は閣議の決定を経てその事業等の引き継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画を定めることとし、その基本計画において、国鉄の職員のうち承継法人の職員となるものの総数及び承継法人ごとの人数についてもこれを定めることとしている。そして、改革法二三条一項の趣旨が、新会社職員の採用手続においては、その対象を国鉄職員に限定してその中から採用すべき旨を定めたものと解することができることは前記のとおりである。しかしながら、これらの規定によって、たとえ採用希望者が基本計画で定めた員数を下回った場合という条件付きであるにせよ、実体上の権利義務関係として、個々の国鉄職員に対して新会社の職員として採用される地位が付与され、設立委員に対してはその採用の義務を負わせる旨が定められたものと解すべき十分な根拠があるとはいいがたく、改革法二三条については、新会社職員の採用が新規採用であることを前提に労働契約関係成立に至るまでの各段階を定め、国鉄及び設立委員がそれぞれ所定の段階において選定ないし選別できることとしたところの採用手続を定めたものというべきであり、また、前記の国鉄改革の趣旨ないし国鉄改革関連法令の立法経緯に照らせば、改革法一九条一項、二項の基本計画についても、個々の国鉄職員の実体上の権利義務関係に直接影響を及ぼす性質のものではなく、あくまで計画の域を出ないものと考えるのが相当である。

3  その他の主張について

控訴人らは、そのほか、採用候補者名簿から控訴人らを除外した国鉄の選定ないし名簿作成行為が不当労働行為に該当するとし、かつ、その結果控訴人らが右名簿に登載されたのと同一の法律効果が生じたとした上、右の立論が正当であることを前提に労働契約関係の成立を主張する。しかしながら、仮に国鉄の選定ないし名簿作成行為が不当労働行為に該当するとした場合でも、これによって直ちに控訴人らが右名簿に登載されたのと同一の法律効果が発生すべきものと解すべき根拠は見当たらないから、右の主張はその前提を欠くものであって採用することができない。

4  そして、右1ないし3の各主張は、帰するところ、国鉄が作成した採用候補者名簿に登載されず、設立委員から採用通知を受けなかった控訴人らが、改革法二三条の採用手続によらず、それ以外の実体上の事由等を主張して、承継法人たる被控訴人との間で労働関係が成立した旨主張するものであって、新会社職員の採用手続を法定した改革法二三条の趣旨に反するものであるから、右の点からも失当というべきである。

5  以上説示したとおり、改革法等の国鉄改革関連法令は、従来の国鉄との労働契約関係の承継法人への当然承継の措置をとらず、承継法人の職員については新規に募集することとし、かつ、その採用手続を法定して、国鉄が作成した採用候補者名簿に登載されなかった者や、設立委員から採用通知を受けなかった者は、承継法人との間に労働契約関係が成立することはないものとし(なお、設立委員の採用通知も直ちに労働契約関係を成立させるものではなく、右の採用通知を受けた国鉄職員が改革法二三条三項所定の時点において国鉄職員であることにより、法律の効果として直接労働契約関係が成立することになる)、また、新会社の設立について法人格否認の法理が適用されるものでもないから、右の採用候補者名簿に登載されず、設立委員から採用通知を受けなかった控訴人らについて、新会社として設立された被控訴人との間に労働契約関係が存在する理由はないものというべきである。

ところで、控訴人らは、改革法が基本計画による定員採用義務等の雇用保障の趣旨を包含せず、改革法二三条が設立委員に採用の自由を認めたものとすれば、憲法二七条一項、二八条に違反し無効である旨主張するので、この点につき検討する。

五  改革法二三条と憲法二七条一項、二八条との関係について

1  憲法二七条一項(二二条一項)違反の主張について

(一)  控訴人らは、(1)控訴人らを被控訴人の職員として採用しなかった設立委員ないし被控訴人の行為は、期限付き整理解雇にほかならないところ、整理解雇が許容されるための要件が具備されておらず、憲法二七条一項が労働権保障の観点から設定した公序に違反するものである旨、あるいは、(2)承継法人への職員の採用について、労働組合と使用者との団体交渉が少なくとも事実上不可能な状態となっていたことの代償措置として、基本計画で定められた承継法人の職員となる者の数は、雇用保障として採用が義務づけられたものというべきで、そうでなければ、代償措置のない状態であって憲法上の労働権保障に違反すること等を主張する。

(二)  前述したとおり、国鉄改革においては、事業等の分割化と余剰人員の可及的解消により効率的な経営体制を確立することとされ、そのため、新会社の職員については新規に採用することとし、新会社の職員として採用されなかった国鉄職員は、国鉄が法人格の同一性を有して移行した事業団との間にそのまま存続することとされたのであるから、新会社の職員として採用されなかった国鉄職員について整理解雇がなされたものということはできない。また、事業団法附則七条、再就職促進特別措置法附則二条によれば、同法が失効することとなる平成二年四月一日をもって、同日までに再就職をしなかった事業団職員は当然失職することになるが、同法は、同日までに全員再就職されることを前提として立法されているものと解されるから、右の結論を左右するに足りない。してみると、控訴人らの不採用が整理解雇に当たることを前提とする控訴人らの憲法違反の主張は採用することができない。

(三)  また、改革法の趣旨が基本計画における承継法人の職員数の定めによって右員数の採用義務を規定したものではなく、同法二三条は、設立委員が基本計画の員数の定めに拘束されることなく、自己の権限と責任において国鉄職員の中から新会社の職員を選別することができる旨を規定したことについても、以下に述べるとおり、これをもって憲法二七条一項に違反するということはできないものというべきである。すなわち、成立に争いのない(甲第四七号証については原本とも)甲第一ないし第一三号証、第四七号証によれば、国鉄は昭和三九年度には単年度で三〇〇億円の赤字を計上し、第一次、第二次の再建計画も功を奏さず、昭和六〇年末には繰越欠損金が一四兆円を超え、長期債務の残高は二三兆五六一〇億円もの膨大な額に達し、国庫助成を除けば一日あたり六七億円の赤字を計上していたことが認められ、このような国鉄の経営の破綻に対処し、基幹的輸送機関としての機能を果たす効率的な経営体制の確立を実現する上で、余剰人員の可及的解消が課題となっていたのであるから、そのための施策として、右のような内容の採用手続を法定することは、国会の立法権の裁量の範囲内にあるものと考えられ、また、法理論上、憲法の労働権の保障が、控訴人らの主張するような「雇用を継続、存続する権利、雇用された場において労働する権利等」を具体的権利として保障したものと解すべき根拠はない。その他改革法二三条が憲法二七条一項又は二二条一項に違反するものと考えるべき理由は見当たらない。

2  憲法二八条違反の主張について

控訴人らは、国鉄職員の新会社への採用確保について、国鉄に対しても設立委員に対しても団体交渉ができない状態であったから、改革法二三条は勤労者の団体交渉権その他の団体行動権を保障した憲法二八条に違反する旨主張する。しかしながら、国鉄職員には争議行為が禁止されていたから(公労法一七条が違憲であること、あるいは違憲の疑いがあるとの旨の控訴人らの主張は採用できない。)、国鉄に対しても設立委員に対しても争議行為はできなかったものであり、また、設立委員は使用者又は使用者の団体ではなく、国鉄は新会社への職員の採用について処分・管理権限を有していないから、いずれに対しても、国鉄職員の新会社への採用を交渉事項とする団体交渉はできない理である。以上のほか、設立委員は、採用の対象を国鉄職員に限定されていたとはいえ、採用基準を設定して対象者を選別し、新会社の職員として採用する責任と権限を改革法によって与えられていたものであるから、右権限の行使は改革法の趣旨に従って行うべきであり、労使の交渉によって行うべき事項とはいいがたいこと、及び、新会社の職員として採用されなかった国鉄職員の労働契約関係については事業団との間にそのまま存続するものであることの事情を併せ考慮すれば、改革法二三条によって、新会社への採用の確保につき国鉄とも設立委員とも争議も団体交渉もできない結果を招来するからといって、憲法二八条に違反するものということはできない。その他改革法二三条が憲法二八条に違反するものというべき根拠は見当たらない。

六  控訴人らの損害賠償請求について

1  設立委員ないし被控訴人の責任原因について

(一)  設立委員の国鉄に対する指揮監督義務違反及び公正判断義務違反の主張について

前記のとおり、新会社職員の採用に関する設立委員の権限は、改革法二三条によって特に付与されたものであり、また、改革法二三条二項所定の国鉄による新会社職員となるべき者の選定及び採用候補者名簿の作成は、国鉄が、採用の対象となる国鉄職員に関する資料を保有し事情を最も良く知っていること及び短期間に大量の事務を遂行することが必要とされた事情から、専ら国鉄の権限と責任に委ねられたものであって、国鉄が設立委員の権限に属する行為を補助するにすぎないものということはできないから、右の事項について設立委員が国鉄を指揮監督し、あるいは名簿作成の是非を判断すべき地位にあるものということはできない(なお、右採用候補者の選定及び名簿作成について、説明の便宜として「準委任」、「履行補助」の用語が用いられることがあるが、右に反する意味で使用されているものとすれば、改革法の客観的・合理的解釈に反するものであって正当とはいえず、また、準委任であることが法定されているとの控訴人らの主張はこれを採用することができない。)。したがって、被控訴人の設立委員が国鉄作成の採用候補者名簿に基づいて被控訴人の職員を採用した行為について、指揮監督義務違反、公正判断義務違反に問われるべき理由はなく、控訴人らの右各主張は採用することができない。

(二)  設立委員の採用基準定立上の過失責任の有無について

控訴人らは、設立委員が採用の基準を定立するに当たり、当時から所属組合による差別を行うことが懸念されていた国鉄に対し、そのような行為を不可能にするような具体的な採用基準(選定の際に考慮に入れてはならない事項を具体的に挙示するなどの方法で)を提示することなく、採用候補者選定行為の判断を国鉄に一任してしまった過失がある旨主張する。しかしながら、新会社職員の採用に関する設立委員の権限は改革法二三条によって特に付与されたものと解される以上、採用の基準の定立は右法の趣旨に適合するものである必要があるが、同時にそれでもって足りるものというべきであり、他に特段の事情がない限り、それ以外の事由によって責任を問われることはないものというべきである。そうしたところ、被控訴人の設立委員が定立し国鉄職員に提示した採用の基準の内容は、原判決別紙1のとおりであって(当事者間に争いがない。)、前述した国鉄改革関連法令の趣旨に照らし妥当なものであったと認めることができるから、被控訴人の設立委員が右の行為によって責任を問われる理由はないものというべきであり、右の判断を左右するような事情はこれを認めるに足りない。

(三)  被控訴人の不当労働行為責任に関する主張の当否について

控訴人らは、控訴人らを被控訴人の採用候補者名簿から除外した国鉄の行為は不当労働行為に該当するとした上、被控訴人の設立委員の採用通知は、国鉄の不当労働行為意思に基づく採用候補者選定をそのまま適正な選定として是認した上、右行為を受けて自らの意思による行為として継続・完成させたものであり、国鉄の右の行為が、被控訴人の設立委員の採用行為の不可欠な有機的一部をなしているとの理由で、あるいは、被控訴人の設立委員において、右採用候補者名簿の作成に関する右の事情を知りながら、共同不法行為の意思で控訴人らを被控訴人の職員として採用しなかったとして、被控訴人に対し共同不当労働行為責任がある旨主張する。しかしながら、前記の改革法二三条における設立委員と国鉄との権限の区分ないし独立した地位に照らし、設立委員が国鉄のした行為の責任を負担すべき理由はないものというべきであり、また、設立委員は、不登載の理由の如何にかかわらず、採用候補者名簿に記載されなかった国鉄職員を採用することは改革法上許容されず、不採用とするほかなかったものであるから、採用候補者名簿に記載されなかった控訴人らを採用しなかった行為は、改革法に従った正当な行為というべきであり、また、採用候補者名簿に登載されなかった控訴人らについて、設立委員の不採用の行為によって侵害されるべき利益(新会社の職員として採用されるべき地位)もなかったものというべきであるから、被控訴人の設立委員が控訴人らを採用しなかったことに関し、国鉄との共同不法行為責任を含めて不法行為責任ないし不当労働行為責任に問われるべき理由はないものというべきである。

ところで、国鉄は、被控訴人の設立委員から提示された原判決別紙1の採用基準を運用するに当たって、同採用基準3の「当社の業務にふさわしい者」につき、昭和五八年四月一日から昭和六二年三月三一日までの間に停職六か月以上の処分又は二回以上の停職処分を受けたことのないことをその基準として設けたことは当事者間に争いがなく(一般的ないし純客観的に見れば、必ずしも不合理な基準とはいえない。)、右の基準を適用した結果控訴人らが採用候補者名簿の登載から除外されたことは弁論の全趣旨によって認められるところ、改革法二三条の採用手続は、採用の対象を国鉄職員に限定してはいるものの、新規採用手続であったことは前記のとおりであるから、右基準による国鉄の名簿作成とこれに基づく控訴人らの不採用を新規採用における採用の自由の観点から見た場合、これをもって直ちに不当労働行為に該当するということには疑問があるものといわなければならず、してみると、右のいずれの点からも、控訴人らの右の主張は失当である。

(四)  その他被控訴人が不法行為責任ないし不当労働行為責任を負うべき理由は見当たらない(なお、被控訴人の再考義務違反の主張も、四2判示のとおり、被控訴人を応募した者が基本計画に定める被控訴人の従業員となるものの数を下回ったときであっても、被控訴人に右応募者を全員採用しなければならない義務が生ずるものではないから、被控訴人が控訴人らの採用を再考しなかったからといって被控訴人の従業員となるべき地位の侵害があるとはいえず、失当である。)。

2 そうすると、控訴人らの不法行為による損害賠償請求も、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

七  結論

以上によれば、控訴人らの本訴各請求は理由がなくこれを棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官越山安久 裁判官田中康久 裁判官髙橋勝男)

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